地獄のような労働との遭遇
カラオケ屋がつぶれた後、大学近くのファミレスでアルバイトをすることになった。
シミひとつない純白のコック服に身を包み、
胸をときめかせながら初出勤した僕を出迎えたのは、
巨大なシンクを埋め尽くす汚れた皿の山だった。
皿洗いがこれほど憂鬱な仕事だということを僕は知らなかった。
ひたすら食器を擦ってこびりついた汚れを落とし、
洗浄機に放り込んでいくだけの仕事だが、
その過酷さは工事現場の土方にも劣らなかった。
茶碗にこびりついた米粒や鉄板の焦げ付きは、
タワシで渾身の力をこめて擦らないと落ちない。
常に前かがみの姿勢なので腰に疲労が溜まる。
ホールの店員は次々と汚れた皿を客席から持ち帰ってきて
ステンレス台の上に無遠慮に積み上げていく。
ピークタイムには洗浄機の動作が食器の積まれるスピードに追いつかず、
僕が持てる限りの力と汗を振り絞って皿や鉄板を磨いても、
食器の山は減るどころか逆にさらなる高みを目指してむくむくと隆起していく。
スピードを上げろと怒鳴られたってどうなるものでもない。
熱湯を噴き出す洗浄機からはもうもうと湯気が押し寄せてくるため、
夏の洗い場はほとんどサウナと変わらない。
厚手のコック服は通気性などないに等しい。
飛び散る湯と迸る汗で、5分と待たずに濡れ鼠だ。
こまめに水分補給しないとすぐに脱水症状になる。
カラオケ屋のぬるま湯のような環境で骨の髄までふやけていた僕は、
予想していたものと全く違う、この地獄のような労働との遭遇に震撼した。
みんなで和気あいあいとおいしいものを作り、
たまにつまみ食いでもしていれば金がもらえるはずではなかったか?
労働とは確かそういうものではなかったか?
あのカラオケ屋を燦然ときらめかせていた同僚たちーー
客の目を盗んで惰眠をむさぼり、
勤務中にゲームと漫画に没頭し、
笑いながら軽々と不正をこなし、
店をからっぽにしてジャンプを買いに出かけ、
客がいなければ勝手に閉店し、
ときには不良どもに椅子を振り上げて襲いかかる、
あの愉快な同僚たちは一人もいなかった。
皆顔中を汗まみれにしながら、厳しい表情で、
ビデオの早送りのように同じ動作を繰り返していた。
あまりの忙しさに、同僚たちはいつも眉間に皺を刻んでいた。
ピーク時には罵声と怒号が飛んだ。
お盆やゴールデンウィーク、年末年始などのかきいれ時には、
1日の労働時間は12時間を超えた。
休憩は昼と夕方に30分ずつ。
あとはひたすら汗だくになって前かがみの姿勢で狂ったように皿を洗った。
最初は色々なことを考えた。
これが本物の労働なのか?
僕は皿を洗うために生まれてきたのか?
こんな労働は本当に人間がやるべきものなのか?
これはいわゆる搾取というものではないのか?
同僚たちは何も感じないのか?
しかし2時間も3時間も皿を洗い続けると、
暑さと疲労で朦朧としてきて、徐々に何も考えられなくなった。
時間の感覚も失われた。
皿と湯と洗浄機だけが世界のすべてになった。
皿洗いが10時間を超える頃には、僕は思考も感動も停止して、
ただ無表情に皿を洗う機械の一部と化した。
洗うべき食器が一時的になくなることもあった。
僕の手が少しでも空いたと見るや、
店長や先輩はありとあらゆる雑務を僕に振った。
「キャベツとニンジンの処理よろしく」
「ステーキソース作っといて」
「ジャガイモのスライスもお願い」
「サーロインとヒレを十枚ずつ解凍しといて」
「味噌汁サプライして」
「次のライス炊いとけよ。間に合わなかったら目も当てられねえぞ」
経験の浅い僕の処理能力はたちまちパンクして、
野菜くずの散らばる床の上を錯乱状態で走りまわった。
冷蔵庫の中身を混ぜ返し、暴力的に器具を洗い、野菜や肉に包丁を叩きつけた。
指も切ったし火傷もした。
洗剤がはねて野菜にかかっても知ったことではなかった。
そうこうしているうちに洗い場はまたしても汚れた食器であふれかえった。
仕事はどう考えても僕の手に余ったが、
本当にスピードを求められるときは先輩が応援に来た。
可愛いなと思っていた先輩の女の子に、
「ちんたらやってんじゃねぇ!」
と吐き捨てられた時は、奈落の底に落ちる気分だった。
しかし彼女の包丁捌きには舌を巻いた。
目にもとまらぬ早さと機械のような精密さでジャガイモやタマネギを刻んだ。
皮や葉の部分はまな板に向かったまま後ろ手で投げ捨てたが、
力の加減を完璧に把握しているのか、
それらはことごとく背後の離れた場所に設置してある屑籠の中に正確に吸い込まれた。
あれほどの熟練を得るためにはどれほどの膨大な時間を
この憂鬱な労働に捧げなければならないのだろうと僕は恐れた。
当然落伍者も多かった。
新人の半分は最初の皿洗いで腰を抜かして辞めた。
おかげで僕はなかなか皿洗いから抜け出せなかった。
僕自身辞めることを考えないでもなかったが、
それまでアルバイトを自ら辞めるという経験をしたことがなかった僕には、
世話になっている店長に辞意を伝えるというのはなかなか勇気のいることだった。
まごついているうちに時間が過ぎた。
200℃の油を全身に浴びたり、
割れた食器の破片が目に飛び込んだりして、
病院送りになる同僚も多かった。
強い洗剤で手は砂壁のように荒れ、ところどころひび割れた。
帰るのはいつも午前2時か3時だった。
金を稼がねばならないのと、人手不足が深刻なのとで、休みはほとんどとれなかった。
僕はノイローゼになりかけていた。
夜布団に入って目をつむると、
遠くから皿のぶつかりあうカチャカチャという音が聞こえてきた。
ラジオのボリュームのツマミをゆっくり回すように、
それは苛烈な騒音に変わって脳内に反響した。
シンクを埋め尽くす皿の映像がまぶたの裏を流れた。
布団の上を転々としてみても、目をこすってみても、
耳をふさいでみても、効果のある相手ではなかった。
なかなか寝付けない日々が続いた。
翌日バイトがある日はいつも胸がつぶれそうだった。
徐々に午前中の講義に出られなくなっていった。
単位をいくつも落とし、ついに留年が決まった。
家族や親戚が喚き、店長や他のバイトは笑った。
ある日ついに出勤するのをやめた。
時間になっても布団から起き上がることができず、
ぼんやり目を開けたまま、壁掛け時計の針が進むのを眺めていた。
出勤時刻を過ぎてもそのままでいた。
店長から電話がかかってきたが、それに出る勇気もなかった。
そのまま二度とファミレスには顔を出さなかった。
後には落後者特有の恥ずかしさと、労働に対する憎悪だけが残った。
・はじめに
・第1部「僕の人生から就職が消えた」
・第2部「月収200万円の憂鬱」
・第3部「起業に興味のない起業家」
・第4部「燃え上がる家、没落の父」
・第5部「麗しき労働の日々」
・第6部「地獄のような労働との遭遇」
・第7部「労働、この恐るべきもの」
・第8部「システムの隅っこにあいた風穴」
・第9部「僕はアフィリエイトで生きていこうと思った」
・第10部「100万円という札束」
・第11部「資本主義のてっぺんらへん」
・第12部「香港旅行中にサラリーマンの年収分稼ぐ」
・第13部「手に入れた自由な人生」
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