麗しき労働の日々
僕が泡を噴きながらネットビジネスの世界へ逃げ込んだのは、
第一に家庭の貧困、第二に労働への恐れからだった。
どちらの比重が大きいかと問われれば、まぎれもなく後者だと答える。
僕が経験した最初の労働は18歳のときだ。
どうにか大学には入学したものの、
パチンコに狂い多重債務者となった両親からの援助など期待できるはずもなく、
自分で働いて金を稼ぐ他に道はなかった。
さっそく家の近くのカラオケ屋兼ゲームセンターでアルバイトをした。
時給650円という、法定最低賃金ぎりぎりの、
今思えば涙の出ててくるような時給だったが、
それでも1日8時間働けば5000円くらいにはなった。
当時の僕からすれば5000円は大金だったし(ゲーム1本買える!)、
月末には5万以上の給料が振り込まれた。
そのような途方もない金を一度に手にする機会は、
それまで正月のお年玉くらいしかなかった。
僕は初めて体感する労働というものの威力に少なからず興奮を覚えた。
肉体一つあれば金を稼ぐことなど簡単なことだぞと思った。
職場の環境もまた素晴らしく良かった。
僕が胸をときめかせながら初出勤すると、
さっそく先輩に大量のポテトとコーラを振る舞われた。
もちろん誰も金を払っていない。
アルバイトたちは無断で飲み食いしているのだ。
僕はアルバイト経験などなかったので、そういうものなのかと納得し、
働くとはなんて素晴らしいことなのだろう歓喜した。
店にはとにかく客がいなかった。
一世代前の機器。
すぐにハウリングを起こすマイク。
色あせた壁と綿がはみでたぼろぼろの椅子。
音質の悪いスピーカー。
まずいと客から苦情が来るほどまずい料理。
5回客を案内すれば1回はクレームがくるほどひどいカラオケ店だった。
それでいて料金は他の店と同じくらいとるのだから、客などくるはずがなかった。
店長は別の店と兼任していて、滅多にカラオケには顔を出さなかった。
ある先輩は勤務時間中ずっとノートパソコンでエロゲーをしていたし、
他の先輩は大量に漫画を持ち込んで読み漁っていたし、
DSやPSPが発売されてからはそれが流行った。
とにかくすることがない。
朝に30分ほど掃除をしたら、あとは客がくるまで呆然としていなければならない。
たとえ客が来たところで、部屋に案内したらオーダーでもこない限りもう仕事はない。
僕はひたすら小説や漫画を読んだ。
僕の仕事はむしろ読書といってもいいくらいだった。
読書に飽きたら目的もなく店中をうろうろした。
暇なので先輩とピザをつくり、
その上にから揚げやフライドポテトを山盛りにして喜んでいたら、
たまたまやってきた店長に見つかって冷や汗を掻いたこともあった。
交代の時間以外は、勤務は基本的にアルバイト一人だ。
僕が勤務時間外に店に遊びにいくと、
先輩がレジの前に突っ伏して鼾をかいていることがあった。
別の先輩はよく近所の本屋までジャンプを買いに行った。
その間店はもぬけの殻だ。
さすがに僕にはそこまでする勇気はなかった。
営業時間は深夜の1時までだが、
12時半になって客がいなければさっさと店を閉めた。
それから部屋にこもって思う存分歌った。
時には先輩たちが遊びに来て、閉店後一緒に歌ったりもした。
おかげでずいぶん歌がうまくなった。
1日の売上がトータルで420円だったこともあった。
閉店間際、先輩アルバイトがさすがに情けなくなって、
420円のピザを一枚買って帰ったのだ。
朝10時から深夜1時まで来客数ゼロは後々までの語り草になった。
僕はこの仕事を気に入っていた。
椅子に座って本を読んでいれば金がもらえるだから、
文句などあるはずがなかった。
働くことは良いことだった。
唯一の不満と言えば、
夕方になると近所に住む不良たちがしばしば大挙して押し寄せてきて、
ゲームコーナーを占拠してしまうことだった。
学生服を着た中学生たちが、咥え煙草をしながら、
見事な貫禄で深夜までスロットをうった。
気に入らないことがあるとすぐに機械を殴り、
店員の姿が見えなくなれば景品を盗もうとした。
不良どもの横暴に堪え兼ねた先輩が、
ある日椅子を振り回して彼らの一人を店から追い払ったところ、
翌日に全身入れ墨をした上半身裸のチンピラが
中学生の不良どもを引き連れて怒鳴り込んできた。
中学生達の前で先輩は土下座させられ、
僕はその横で滅多にない量のオーダーをこなすために一人で走り回った。
土下座する先輩を見て、警察を呼ぶべきかとも思ったが、
報復を恐れた先輩に止められた。
不良達の横暴はその後リーダー格の中学生が傷害で少年院に送られるまで続いた。
知らせを聞いた僕らは意気揚々と祝杯をあげ、再び安逸の日々を取り戻した。
僕が働き始めて1年ほどたったある日、突如として店は潰れてしまった。
楽しい労働の日々はそこで終わった。
途方に暮れた僕は次にファミレスのキッチンでアルバイトを始めた。
この職場は言語を絶した。
ここでの労働経験が、その後の僕の人生を思い切りねじ曲げてしまった。
・はじめに
・第1部「僕の人生から就職が消えた」
・第2部「月収200万円の憂鬱」
・第3部「起業に興味のない起業家」
・第4部「燃え上がる家、没落の父」
・第5部「麗しき労働の日々」
・第6部「地獄のような労働との遭遇」
・第7部「労働、この恐るべきもの」
・第8部「システムの隅っこにあいた風穴」
・第9部「僕はアフィリエイトで生きていこうと思った」
・第10部「100万円という札束」
・第11部「資本主義のてっぺんらへん」
・第12部「香港旅行中にサラリーマンの年収分稼ぐ」
・第13部「手に入れた自由な人生」
感想はこちらからどうぞ⇒メールフォーム
面白い!と感じたらシェアをお願いします!
ブログランキングに参加しています。
読んでくれた証拠にぽちっとクリックしてくれると喜びます^^
↓↓↓
アフィリエイトで1億円稼いで自由になった元皿洗いのブログ TOPへ
この記事へのコメントはありません。