パチンコ狂いの両親、膨大な家の借金、時給700円の皿洗いの日々…が、藁をもつかむ思いで取り組んだネットビジネスで、4ヶ月後にまさかの月収100万超え。僕も呆然。家族も呆然。就職する必要もなくなり、20代にして自由な日々に突入中。

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トルクメニスタンの地獄の門、ウズベキスタンの青の都

2019.03.31

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3月中旬から10日間ほど、中央アジアのウズベキスタン・トルクメニスタンに行ってきました。
ヨーロッパやアメリカ、東アジアは何度も行っているのですが、イスラム圏は人生初です。
友人が青の都と言われるサマルカンドの街を見たいというので、恐る恐るついて行きました。

ウズベキスタンはこの辺。

昔シルクロードが通っていたところです。
完全に偏見ですが、国名の最後に「スタン」がつくとなんか不安になりますよね…。
隣国はアフガニスタンだし…。
旅行誌などをみてもほとんど情報なし。
トルクメニスタンにいたっては「中央アジアの北朝鮮」と呼ばれるレベルの独裁国家です。
(報道の自由度は世界180ヶ国中下から178位。北朝鮮は179位)

英語もあまり通じないらしく、さすがに自分達だけで旅するのは不安があったので、今回は個人的にガイドを手配しました。
ただ、実際に訪れた人のブログやSNSを見ると、治安はそんなに悪くなさそう。
比較的安定している国みたいです。

早朝に成田を出発し、韓国の仁川国際空港を経由して、ウズベキスタンのタシュケント空港へ。
空港へ降り立つと、浅黒い肌の人ばかりで、欧米とは違う異国感があります。
ウズベキスタンもトルクメニスタンも、駅、空港、列車、軍事施設などは撮影禁止なので、その辺の写真は今回はないです。

初日はホテルウズベキスタンに宿泊。
ちなみにウズベキスタンの首都がタシュケントです。

ホテルの目の前に大きな公園があり、普通に観光客がたくさんいたので、治安も大丈夫だろうと夜の公園を歩いてみました。
中央には英雄ティムールの銅像が君臨しています。
ウズベキスタンは歴史的には、チンギスハーンに蹂躙され、ティムールに蹂躙されと、結構散々な目にあっています(笑)
ウズベキスタンはロシア統治時代が長かったので、国民はウズベク語の他にロシア語も喋れます。
建物にもソ連時代の面影が残っています。

いきなり塗りたてのペンキ踏んだ・・・。

初日は移動で疲れていたのですぐに就寝。
早朝出発だったため、ホテルの受付が朝食代わりの「ランチボックス」をくれました。

・・・ボックス?
中身は、トマト、きゅうり、ゆで卵、サンドイッチ。
トマト、きゅうり、ゆで卵はそのまま無造作に入っていました。

事前のSNS調査で、ウズベキスタンを訪れた日本人がしょっちゅう生野菜にあたってお腹を壊していたので、全員衛生面を警戒して一口も手をつけず。
友人はキャリーケースの半分にカロリーメイトとカップ麺を詰め込んできていました。
その後も2つのホテルでランチボックスをもらいましたが、どれも同じようなクオリティでした。

再び飛行機に乗って、トルクメニスタンとの国境近くにあるヌクスという街へ。
この辺りになるともう日本人(というか東アジア人)の姿はほとんど見かけません。
地元の人たちからも珍しいようで、ジロジロと視線を感じます。

そこから車に乗ってトルクメニスタンの国境へ。
国境付近の風景。

独裁国家トルクメニスタンの国境越えはなかなか大変でした。
そんなに大人数でもなかったのに、3-4時間かかりました。

何もない荒野にポツンと古ぼけた建物が建っていて、国境はフェンスで仕切られています。
建物に入る前に、軍人に3回くらいパスポートチェックされました。
荷物検査は1人ずつ、大きなテーブルの前に立たされます。
目の前には険しい顔をした係員が3人。
彼らの前で、スーツケースやリュックの中身を一つ一つ取り出していきます。
小物入れの中や洋服のポケット、はては下着まで、入念な取り調べを受けるので、1人10分くらい普通にかかります。
カメラなどを持っていると、中身を確認させろと言ってくることもあるようです。
別にやましいことは一つもないのに、かなりの緊張感があります(笑)
解放された時はホッとしました。

友人はホッカイロをたくさん持ってきていたのですが、「ガンパウダー(火薬)!?」と係員に言われ、「ノー! ガンパウダーノー! ホットホット! イッツ、ぬくぬく!」でなんとか危機を脱していました。

パスポートに押されたトルクメニスタンの入国許可。
か、かっこいい。
みんなテンション上がってました。

国境にて英語ガイドのドーランと合流。
その他に運転手2名と、ガイド見習いのフルカット、合計4名で出迎えられました。
車2台に分乗して、トルクメニスタンの”地獄の門”があるダルヴァザを目指します。
幸いドーランがすごく優しい英語を喋ってくれたので、意思疎通にはさほど困りませんでした。
ちなみにトルクメニスタンの公用語はトルクメン語です。

ドーラン。
めっちゃ落ち着いてていい人だった。

最初にとある民家に招待され、そこで家庭料理を振舞われました。
広い座敷でテーブルを囲み、家主のおばさんが料理を運んできてくれます。

マンティ。
水餃子に近い味。
甘いたれやヨーグルトをつけて食べる。

肉団子スープ。
塩加減が絶妙で美味しい。
ウズベキスタン・トルクメニスタンにはいろんなスープがあります。

大きなナン。
堅く、冷たい。
今後散々出てくる。

トルクメニスタンビールのBERKI。
なんか上品な香りがするビール。
とてもうまい。
ちょっと衝撃を受けた。

正直今回の旅では食事には全然期待していませんでしたが、かなり日本人好みな味付けで、何を食べても美味しかったです。
これは嬉しい誤算でした。

食事した民家の庭的なとこ。

腹を満たした後は砂漠のドライブ。
ほとんどが未舗装なので、車が跳ねる跳ねる。
起伏も多く、「ダカール・ラリー」状態です。
ずっと座席横の取っ手にしがみついていました。
酔いやすい人は酔い止め必須。

ちなみに3月は旅行にもっとも適したシーズンらしく、日中は20度前後、夜間は5度前後です。
(寒暖差は結構激しい)
紫外線は強く、湿度はカラカラで、真夏にいくと日中は気温が50度を超えたりするそうです。

トイレは、みんな砂漠でいたします(笑)
一応、道中に時々道の駅的な商店やトイレがありますが、恐るべき貧弱さ・汚さです。
(地面に穴ほって周囲にトタン立てて遮っただけとか)
あまり女性には優しくありません。。

3-4時間ほどでこぼこ道を跳ねて、ついに地獄の門に到着。

おお・・・。

おおお。

地獄の門は人工的にできた巨大なガスクレーターです。
ソ連時代、地質学者が採掘調査を行なっていたところ、落盤事故が起き、巨大な穴が出現。
そこからメタンガスが噴出したため、すべてのガスを燃やし尽くすために仕方なく点火しました。
しかし、当初の数週間で燃え尽きるだろうという予測は外れ、そのまま50年近くたった今も燃え続けているそうです。

地獄の門の周辺。
「毒ヘビが出るから気をつけて」だそうです。
ネットの情報によればサソリもいるそうです。
こわ。

謎のウンチがたくさん落ちてる。
何かがいるらしい。

時々ある謎の穴。
蟻?
サソリ?

夜になると光源が車のライトくらいしかなくなるため、さらに凄まじい雰囲気になります。

ちなみに最近この穴に酔っ払って落ちた人もいるそうですが、助かったそうです。
意外に火と火の間に隙間があるみたいですね。
宿泊はユルタと呼ばれる伝統的なテント型の施設に泊まりました。

夕食もテントの中で。
く、くらい。
ガイドさんたちがバーベキューで肉を焼いてくれました。
やはりうまい。

夜は氷点下近くまで気温が下がるため、かなり寒かったです。
もの凄い風の音に包まれながら就寝。

地獄の門には1人で旅している日本人バックパッカーがいて、燃え盛る穴の真横に寝袋を敷いて寝ていました。
火の近くはかなり暖かいです(笑)
キルギス、カザフスタン、トルクメニスタンと来て、アゼルバイジャン方面へ向かうそうです。
凄い行動力。

「一生に一度は見たい絶景」などにも取り上げられる地獄の門ですが、年々少しずつ炎の勢いが弱まっていることや、トルクメニスタン政府が周囲のガス田開発のために穴を埋める検討もしているらしく、今しか見られない光景になりそうです。
興味があれば早めに行っといたほうがいいですね。
道中は結構過酷ですが、夜の地獄の門の雰囲気はなかなか他では味わえません。
(※夏はやめときましょう)

翌朝、地獄の門を離れてドーランの故郷であるダシャウスへ。
トルクメニスタンは地獄の門を見るためだけに行ったので、この日はもうウズベキスタンに戻ります。

ダシャウスの町。
建物がみんな白い。

レストラン。
普通におしゃれ。

プロフ。
ピラフのこと。
トルクメニスタンやウズベキスタンではみんなこういうプロフを食べるらしい。
ただし、この辺のプロフは油を大量に使って煮込むので、かなり脂っこい。
バターの香りがすごかった。

ドーランに別れを告げて、再び国境へ。
出国は入国時よりもかなりスムーズで、30分ほどで通過しました。

トルクメニスタンを出国すると、これから入国しようと並んでいた10人くらいの男達が僕らに手を差し出して、一斉に「マナト!マナト!」と叫びだしました。
マナトはトルクメニスタンの通貨です。
「お前らもうマナトいらないだろうからくれよ」って意味です。
ノーマネー!って言ってスルーしました。
友人はロバの馬車で入国しようとする少年にチップを渡して一緒に写真を撮っていました。

ここから先はウズベキスタン観光。
最初に向かったのはヒヴァという町です。
20世紀初頭まであったヒヴァ・ハン国の首都で、中でもイチャンカラという旧市街は世界遺産登録されています。

おお、イスラム。

ミナレットという塔。
よくモスクやマドラサと言われる神学校に併設されています。

ラクダがいた。
可愛い。
背中にものせてもらいました。

ラクダ毛製品。

マドラサ(神学校)。

見張り台からの風景。

モスク内部。

モスク跡。

王は手前のユルタで寝てたらしい。

王のハーレム跡。

ウズベキスタンの物価は非常に安い!
通貨はスムですが、1ドルあたり8300スムというレートです。
100スムでだいたい1.3円ですね。

このソフトクリームは1000スム。
13円(笑)。
しかしクリーミィでちゃんと美味しい。

思いつきで乗った観光バス。
軽快な音楽とともにイチャンカラを軽く一周する。
13円。

ヒヴァのレストラン。

ケバブ。
ウズベキスタンはひたすらケバブです。

例のマンティ。

グンマと呼ばれるウズベク料理。
中には肉のアンが入ってる。
揚げ餃子、あるいは春巻きみたいな味。
かなりおいしい。
やるな、グンマ。

ウズベキスタンはイスラム教国なのに、お酒もかなり豊富です。
メニューにのっていないこともありますが、訊けばたいていビールやワインも置いています。
観光客向けですね。
しかもビールに関しては種類が豊富で、ちゃんとクオリティが高い。

ちゃっかりウズベクワインも。

どのメニューを頼んでも、だいたい100円〜300円。
みんなでシェアできるお肉の大皿を頼んでも300〜400円。
お酒をガブガブ飲んで、好きな料理を好きなだけ食べて、1人800円とかでおさまります。
ちょっと良さげなレストランでもそうです。
この安さは感動しますね。

夜の城壁。

お店での買い物は基本、値切り交渉です。
「ハンドメイド! ハンドメイド!」って言って、どのお店も本来価格の2〜3倍でふっかけてきます。
とりあえず3分の1くらいの価格で交渉してみて、たいてい断られるんですが、買わずに帰るふりすればギリギリで「OK!」って言ってきます。
もはやこの流れはテンプレートでした(笑)
まあもともとが激安なんで、値切る意味もあんまないんですが、遊びだと思って値切りを楽しんでました。

あと、日本人が珍しいのか、ウズベキスタン国内では老若男女問わず、たくさんの人から「一緒に写真を撮ってくれ」と声をかけられました。
白人や黒人もあまりいなかったので、外国人自体珍しいのかもしれません。
ちょっとした人気者の気分を味わえます。

あとサッカーをやってる子供達が周りを取り囲んで、「ミスター、フットボール! ミスター、フットボール!」と誘われたので、なぜか現地の子供たちとサッカーをやる流れに。
僕はキーパーで何度か神セーブを披露しました。

ヒヴァでは2泊しました。
その後、車に乗ってブハラという街に移動。
砂漠っぽい荒野をまた延々と走ります。
ドライバーはシャイらしく、道中ほとんど喋らず。

道の駅的な場所に到着。

でかい犬が寝転んでいる。
ウズベキスタンには犬がいっぱいいましたが、狂犬病の予防接種が推奨されている地域なので、警戒して近寄らず。

ここでもスープとケバブ。

ブハラ着。
ヒヴァよりも栄えている。
やっぱりモスクやマドラサがたくさんありますが、街によって模様が異なります。

侵略してきたチンギスハーンに殺された赤ん坊1000人が埋まってるホコラ的な何か。
チンギスハーンはとにかく殺しまくり、破壊しまくりだったようです。

王に命じられて、ライオンを一度も見たことがない職人が彫ったライオン。
犬っぽくて可愛い。

治安が良さそうなので、昼間に下町の方も歩いてみました。

鳩も茶色い。。

刃物で有名な街らしく、土産物屋でたくさんナイフやハサミを売っていました。

ブハラでのガイドはシャフルフさんという28歳の方。
親はホテル王で、6ヶ国語を話し、日本語学校の講師を務めるナイスガイ。
日本語ペラペラ。
和歌山大学と連携して、ウズベク人向けの日本語のマニュアル作ろうとしている。
嫁は超美人で、結婚式には600人集まり、通常結婚式ではイスラムの古い歌を歌うらしいが、それじゃつまらないということで、自分で作詞作曲した今風の歌を夫婦で歌ったらしい。
(聴かせてもらったけど歌激ウマ)
新婚旅行はスペインでクルーズ。
控えめに言って超リア充。
ガイドはお金目的ではなく、日本語の練習のためにやっている模様。

凄い気が使える人で、自分の車でちょっと遠出して、観光客向けじゃない地元で人気のお店に連れていってくれたり、モスクに少し飽き始めた僕らを見て、ちょっと変化球で地元のシーシャ(水煙草)のバーに連れて行ってくれたりと、非常に楽しませてくれました。

ウズベキスタン版焼肉。
ズィズというらしい。
生姜焼きっぽい雰囲気。

ウズベキスタン版プロフ。
あっさり目でとても美味しい。

僕らは例のごとくビールを飲んでましたが、シャフルフさんはイスラムなので酒は飲まないとのこと。

人生初シーシャ。

やはり日本人が珍しいようで、地元の客が周りで色々なワザを教えてくれました。
煙で輪っかを作ったり、煙の竜巻を作ったり。

シーシャは通常のタバコと全く違い、タールやニコチンをほぼ含まないので、吸いやすいし健康的。
色んなフレーバーもあって長い時間楽しめるので、友人らとおしゃべりしながらダラダラ過ごすのにうってつけだと思います。
最近日本でも増え始めていて、僕も気になっていたので、ここで体験できて非常に良かったです。
日本でも良さげなお店を探してみたいですね。

ここで出てきた杏のタネ。
割って中身を食べますが、ピーナツみたいで美味しいです。

4人で1〜2時間滞在して、お茶やおつまみも食べて、500円ほど。
安。
帰りがけに地元のお客に絡まれて、ウォッカをグラスで一気飲みする流れに。
なんとか飲み干すと拍手喝采。
さらにキュウリ的なものを勧められ、食べてみたら激辛で、しばらく口の中が地獄でした。
ウズベク人は気さくな人が多いです。

夜はオールドブハラという人気のレストランへ。
開放的なテラス席でした。

ツヴォルグというウズベクビール。
日本のビールに近い味。

やっはりケバブ。
いや、ウズベキスタンのレストランって、選択肢があんまないんです。
本当に。
どこに行ってもスープか、餃子的な何かか、プロフか、焼いた肉って感じです。

ブハラでも2泊しました。
安いからと言って自由に食べまくり飲みまくり買いまくっていたので、さすがに財布が心もとなくなり、ホテルで持っていたUSドルをスムに換金。
ホテルにはよくATMもありますが、時間外だったので、ホテルのスタッフに直接換金してもらいました。

140ドル分をほぼ5000スム札に換金。
札束どっちゃり。
5000スム札の上には10000スム札、50000スム札があります。

ちなみにちょっといいホテル(と言っても1人数千円)に泊まれば、部屋は広くて綺麗だし、ちゃんとシャワーのお湯も出るし、トイレも洋式だし、英語が通じるスタッフもいます。
ウズベキスタンの首都や観光地は全然「THE・発展途上国」みたいな感じではないので、よほどケチらなければ結構快適な旅行ができると思います。


最後はサマルカンドへ。
この日の移動は列車を使いました。
駅や列車も撮影禁止ですが、駅は入り口でパスポート提示を求められたり、荷物のチェックを受けたりして、少し厳重です。
構内はちょっと売店があるだけで、質素な感じです。

待ってる間コーヒーを飲んでいましたが、ウズベキスタンはお茶文化らしく、コーヒーは美味しくありません・・・。
3回くらい飲みましたが、全部香りがあまりありませんでした。
列車内は日本や欧米とそんなに大きな違いはありませんでした。
寝てるうちにサマルカンドに到着。

サマルカンドは紀元前からオアシスの街として栄え、ティムール朝の首都にもなっていたところです。
これまでの街の中で、最大規模のモスクやマドラサが密集していました。
圧倒的迫力です。
そして青い。
空も青い。
レギスタン広場。

歩いているとしょっちゅう写真を撮らせてくれと声をかけられるので、遅々として歩みが進みません。
マスクとサングラスしたら声をかけられなくなりました。

ティムールの墓。
金ピカ。

ティムールの姉妹や愛人達の墓。

でっかいマドラサ・モスク。

サマルカンドには桜がたくさん咲いていました。
別にお花見みたいなものをする風習はないようですが。

ガイドのウメドさん。

10年日本の浅草あたりで暮らしていたそうです。
その割には若干日本語がわかりにくい。
ものすごく真面目な人で、一生懸命歴史や文化について教えてくれました。

お昼時になると、ウメドさんのお気に入りのプロフ専門店にわざわざ連れてきてくれました。
観光エリアからは離れているので、店は地元の人だらけ。
写真は4人前。
見てわかる通り、スーパーハイカロリーデブフード(笑)
これまでも何度かプロフは食べましたが、ここはお肉もゴロゴロのっていて、最大のボリューム感です。

ウメドさん曰く、ウズベキスタン人は皆プロフを愛していて、家庭でも日常的にプロフを食べるのだとか。
横のテーブルの男性は手でプロフをがっついていました。
もともとプロフは手で食べるものらしく、最近までスプーンは使っていなかったとのこと。
日本の結婚式では巨大なケーキを新郎新婦が参加者に振る舞いますが、ウズベキスタンの結婚式では、巨大な鍋で大量のプロフを作り、新郎だか新婦だかがそれを参加者に一人一人手で振る舞う風習があるらしいです。
(全土でやってるかはわかりませんが)

確かにおいしいので、僕らも頑張って食べましたが、サラダやパンもあるので、さすがにお腹いっぱいになって残そうとすると、ウメドさんが、
「食べてくださーい。頑張って作ったコックさんかわいそうでーす。食べてくださーい」
って横でプレッシャーをかけてくるので、無理やり完食・・・。
おかげで一日胃もたれしてました。

通りかかった墓地。
よく見ると墓石にどれも故人の顔写真がのってる・・・。

サマルカンドのバザール(市場)。
かなり巨大で、いろんなエリアに分かれています。
ここはナッツやドライフルーツだらけ。
ここでも値切り文化は健在です。
お土産などを買いました。

この日はかなり暑かったことと、かなり歩き回ったこと、これまでの疲れも溜まっていたことから、このあたりで観光は終えることにしました。
帰りにウメドさんが、サマルカンドのとてもおしゃれでたかそうなお店に連れて行ってくれました。

正直昼のプロフが効きすぎてまっっったくお腹が空いていません。
しかしウメドさんは構わずガンガン注文します(泣)
美味しかったですが、ここは残させてもらいました。

サマルカンドワインがあったので、グラスで頼んだと思ったら、ボトル一本きました。
まあいいかと思ってそのまま飲みました。
200円ちょいでした。
料理も結構頼んでいたましたが、こんなおしゃれなお店でも、やっぱり全部で1人数百円程度。
すごい国です。

サマルカンドの人たちはよく踊ります。
昼間のモスクでも音楽に合わせて踊っていました。

このレストランではバンドの生演奏があったのですが、演奏が始まると徐々に人がステージ付近に集まり始め、食事そっちのけで楽しそうにダンスを繰り広げていました。

ウメドさんの結婚相手選びの話はちょっと興味深かったです。
ウメドさんは日本からウズベキスタンに戻った後、本格的に嫁探しを始めました。
サマルカンドでは男女比が2:3くらいらしく、圧倒的に女性が多いそうです。
しかも結婚しない女性は大変見下され、差別されるそうで、ウズベキスタンの女性は日本の女性以上に結婚が重大な問題です。
「女性が結婚し、子供を産み育てること。これが社会にとって自然なこと」とウメドさんは言っていました。

宗教が関わってくるため、一度結婚すれば、離婚はそう簡単なことではありません。
「嫁選びで人生が決まる!」とウメドさんも並々ならぬ決意でこの嫁探しに臨み、なんと100人以上の女性とお見合いし続けたそうです。
その際、かなり詳細なチェック項目を作り、嫁候補を厳選し続けたとか。
その結果、ウメドさんの心にビビッとくる女性がおり、晴れて結婚にたどり着いたそうな。

なんかこう書くとウメドさんの性格ちょっと悪そうですが、それは日本的(西洋的)価値観なので、ムスリムの人たちにその価値観を押し付けるのもナンセンスな気がします。
そもそもウズベキスタンはやや女性の自由・権利は低いような気がしました。
モスクでも礼拝が許されるのは男性のみで、女性は自宅で礼拝しなければなりません。

ちなみにブハラでガイドしてくれたシャフルフさんは、学校でモテまくり、教え子との自由恋愛を経てそのまま結婚したそうで、同じ国の同じイスラムでも、全然結婚の過程が違って面白いなと思いました。


最終日はまた列車で首都のタシュケントに戻りました。
昼のティムールさん。

ランチはファストフード店でお魚。
焼きサバ的な。
ウズベキスタンは二重内陸国ですが、養殖などをやっているらしく、お魚も美味しいです。

みんなすっかり疲れていたので、この日は観光らしい観光はせず、夜の飛行機までのんびりしていました。
しかしのんびりするにも、ネットが全然つながらない。
ウズベキスタン・トルクメニスタンのネックのひとつは、ネット回線のしょぼさでした。
日本から持ってきたモバイルwi-fiは一度も接続できず。
ホテルwi-fiもめっちゃ重い上に繋がったり繋がらなかったりで、強制デジタルデトックスでした。

近くに高級ホテルのハイアットリージェンシーがあることがわかったので、そこならネットが繋がるだろうとふんで、移動。
その際、タクシーが全然捕まらなかったので、初めてヒッチハイクをしました(実際にやったのは友人ですが)。
一瞬で一台捕まりました。
5-10分ほどの距離にあるホテルまで運んでくれて、お礼に15000スム渡したら、「こんなにくれるの!?」って感じで、ものすごく恐縮されました。
ウズベク人良い人多すぎです。
日本円にしたら200円なんですけどね。
(しかしその後同じような距離をタクシーで移動したら5000スムだった…)

ハイアットリージェンシー。
ドルやカード使えるし、英語通じるし、ネットサクサクだし、トイレ綺麗だし、なんだかすごい安心感。
半日のんびりしてました。
ちなみに食べ物や飲み物のお値段は、日本の半分くらい。
さすがにちょっと高い。

お客はウズベキスタンでは珍しく欧米人ばかりでした。
ホテルに入る際も、持ち物検査のゲートがあったりして、警備が厳重だなーと思いました。
そんなに治安悪くなさそうなんですが、宿泊客を安心させるためかな?
あるいは要人とか泊まったりするのだろうか?


最後は空港のバーで別れのウズベクビール。

来た時と同じく、韓国の仁川国際空港を経由して帰国しました。
当初はウズベキスタン・トルクメニスタンの実情もよくわからず、無事帰れるだろうかとドキドキしていましたが、蓋を開けてみれば、事件に巻き込まれたりお腹を壊したりすることもなく、拍子抜けするくらい普通に旅行を楽しめました。

トルクメニスタンはともかく、ウズベキスタンはもっと日本人の旅行先として普及してもいいんじゃないかなと思います。
たっぷり異文化感を味わえるし、食事も美味しく、何もかも安いです。

中央アジアは治安を心配する人も多いですが、少なくともウズベキスタンの観光地は相当治安がいいです。
旅行中危険を感じることは一度もありませんでした。
気さくな人が多いし、困ったらすぐに見知らぬ人が助けてくれるし、夜でも普通に子供が外で遊んでたり、女性が一人で歩いてたりします。
ガイドの方もウズベキスタンは安全だと言っていました。
(まあそれでもスリとかにはやっぱり気をつけた方がいいと思いますが)

個人的には、アメリカやヨーロッパの観光地のほうがどちらかというと緊張感がありましたね。
ヒヴァやブハラの夜は出歩けますが、パリやローマやアムステルダムやロサンゼルスの夜はあまり出歩きたくありません(笑)


そんな感じのウズベキスタン・トルクメニスタン旅行でした。
もし興味を持ったら遊びに行ってみてください。



PS.

うっかりリュックに入れっぱなしにしていて、韓国の仁川国際空港で没収されたお土産のウズベクビール達。
返してもらえなかった。
とてもとても悲しい。




PPS.

2月はニューヨーク・シカゴに10日間行っていました。
こちらも色々あって楽しかったので、旅行記を残そうと思っていたのですが、その前にウズベキスタン・トルクメニスタンを先に更新してしまいました。

実は約2週間後に今度はモナコ行きが控えていたり。
モンテカルロ・マスターズをやっているので、ちょっと現地でテニスを観戦して来ます。

著者プロフィール

だいぽん
小説と音楽と旅行が大好きな30歳。
株式会社GRASP代表。
パチンコ狂の親を持ち、借金まみれの極貧の家庭で育つ。

皿洗いやレジ打ちなど、忙しいアルバイト生活を送る中で、自由を手に入れたいという欲求が抑えがたくなり、就職活動を放棄。
在学中にお金・知識・人脈ゼロの状態でインターネットビジネスで起業。
たった1人&パソコン1台で5年間で約3億円を売り上げる。

現在は働く必要がなくなり、セミリタイア。晴れて自由の身に。
音楽学校に通ったり、創作活動に打ち込んだり、好きな場所へ好きなだけ旅行したりと、趣味中心の生活を送っている。

個人が自由な人生を手に入れるための戦略・思考をブログ・メルマガで配信中。
2015年に電子書籍「自由な人生を手に入れる教科書」を出版し、Amazon総合ランキング1位を獲得。
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コメント

  1. ウズベキスタンは行ってみたい国なので、とても興味深いレポートでした。

    ありがとうございます。

    行くときの為に、良いガイドさんや日本語の勉強している人、よろしければご紹介していただければ

    幸いです。

    • 匿名
    • 2019年 3月 31日

    いーなぁ。

    • 名無し
    • 2019年 4月 01日

    読み応えがあって、とても面白く、興味深いです。
    人々が踊っていたところで流れていた音楽がけっこう好みです^^

    • さちりん
    • 2019年 4月 08日

    こんにちは
    ブログランキングからの訪問です。
    とても和でいい所ですね。
    行ってみたくなりました。
    ありがとうございました。

    • yusuke
    • 2019年 4月 08日

    まったく同じコースで10月に計画しています。

    ブログもとても詳しくて、直近のビザやガイド関係など
    どうしようかと思っていたのですが
    差し支えなければ、旅中で利用されたガイドやツアーなど
    をご紹介いただくことは可能でしょうか??

  2. ファイブスタークラブでチケットを予約して、ウズベクフレンズというサイトで個人ガイドを手配しましたよ。

    • たこちゃん
    • 2019年 5月 04日

    四月中旬に行ってきました。同じ民家レストランでブハラのガイドさんも同じ。国境越えは私も緊張しました。
    イチジク浣腸を聞かれて便秘という英語わかんなくて アヌスケア。オープンキャップ。プシュ。プッシュと
    訳わかんないこと言ってしまいました。また行ってみたいなと思います。

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著者プロフィール

だいぽんプロフィール画像

名前: だいぽん

小説と音楽と旅行が大好きな30歳。
株式会社GRASP代表。
パチンコ狂の親を持ち、極貧の家庭に育つ。

2009年、バイトで溜めた学費を親にパチンコで使い込まれ大学を休学。
空いた時間を利用してアフィリエイトを始めたところ、4ヶ月目で月収100万を達成してしまい愕然。 家族も呆然。
まったく興味がないのに節税で法人化までする羽目に。

その後収益の自動化が完了し、お金のために働く必要がなくなってからは、趣味の音楽、小説、旅行に没頭する毎日。

2015年3月に個人で電子書籍を2冊出版し、Amazon電子書籍ベストセラーランキングの有料本・無料本カテゴリそれぞれで、2冊同時にW1位を獲得する(恐らくAmazon史上初)。

20歳。時給720円の皿洗いの日々
22歳。PC1台でネットビジネスに挑戦
23歳。半年で月収100万突破してビビる
27歳。1人で年商1億円
28歳。お金のために働く必要がなくなる
29歳。電子書籍出版。Amazon1位をとる
30歳。放置で年商3億円。趣味に生きてる


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